ニュース
2008.03.28(金) 西日本新聞
災害の脅威 後世に 雲仙・普賢岳の火砕流 最長到達地点に植樹 太田九大名誉教授ら 南島原市深江町

 南島原市深江町の「ふかえ桜パーク」で27日、雲仙・普賢岳火砕流の最長到達地点へのイチョウ植樹が行われた。太田一也九州大名誉教授が新たに測量して、同パーク内の火口から5.6キロ地点を最長到達地点に特定。3本のイチョウと、火砕流の脅威を伝えるパネルが設置された。

 1990年からの噴火に伴う火砕流は、目視だけで6000回以上に達し、家屋約800棟が焼失した。最も遠くまで達した火砕流は93年7月19日に発生。到達地点の大まかな位置は分かっていたが、太田名誉教授が国交省雲仙復興事務所とともに過去の地図や写真を突き合わせ、正確な位置を割り出した。

 太田名誉教授は「火砕流到達範囲にイチョウを植え、災害を後世に伝えていきたい」と話した。

=2008/03/28付 西日本新聞朝刊=



2008.03.29(土) 長崎新聞
火砕流最長到達地点にイチョウ植樹 南島原・ふかえ桜パーク

 雲仙・普賢岳噴火災害で発生した火砕流の最長到達地点へのイチョウ植樹が二十七日、長崎県南島原市深江町の「ふかえ桜パーク」であった。三本のイチョウを植え、火砕流の脅威を伝えるパネルと最長到達地点を示す標柱も設置した。

 噴火災害当時、九州大島原地震火山観測所(現同大地震火山観測研究センター)の所長を務めた太田一也同大名誉教授が「噴火災害を後世に伝えるため、火砕流が到達した範囲に植樹を」と提唱。国交省雲仙復興事務所(秦耕二所長)が二〇〇四年度からイチョウ植樹を実施し、これまで約四百本を植えた。

 最も遠くまで達した火砕流は一九九三年七月十九日に発生。到達地点の大まかな位置は分かっていたが、太田名誉教授の調査資料などを基に同事務所が新たに測量し、同パーク内の火口から約五・六キロ地点に特定した。

 植樹のセレモニーには太田名誉教授と秦所長、吉岡島原市長、松島南島原市長ら関係者約三十人が出席。高さ約四メートルのイチョウの木の根元に土をかぶせた。太田名誉教授は「火砕流の到達範囲が遠くからでも分かり、災害の伝承活動に役立つと思う」と述べた。

 九〇年に始まった普賢岳噴火に伴う火砕流は、目視されたものだけで六千回以上に達し、家屋約八百棟が焼失した。


新聞を読もう!!
   
長崎新聞:ご購読のお申し込み
毎日新聞社-新聞購読のお申し込み
朝日新聞社の新聞・出版物の購読お申込み
西日本新聞 - 新聞購読申し込み
読売新聞ご購読案内