
◆島鉄南線きょう廃止 住民ら名残惜しむ
31日限りで廃止される島原鉄道南線(島原外港―加津佐間、35・3キロ)の駅や沿線に連日、住民や鉄道ファンらが集まっている。「最後の乗車」を楽しんだり、列車と景観とがマッチした撮影ポイントに陣取ったり。地元の足として80年間走り続けた姿を記憶に刻み、名残を惜しんでいる。
30日には、名物だった観光トロッコ列車の最終運行があった。
午前9時44分、列車は約130人を乗せて島原駅(島原市)を出発した。時速30キロほどで走行。乗客は景色をながめ、沿線の歴史や雲仙・普賢岳噴火災害についての語り部の解説に耳を傾けた。トンネル出口や橋などの撮影ポイントでは、雨天にもかかわらず、傘を片手にシャッターを切るファンらに迎えられた。
同市北安徳町の水産加工会社従業員林田典子さん(70)は5年間、南線に乗って市中心部の職場に通ってきた。車の免許は持っていないため、4月からバスで通勤する。「私のように車を運転できない人には欠かせない列車だった。本数を減らしてでも、残せなかったのか」と話す。
南島原市西有家町の食品会社従業員近藤セツコさん(60)は2人の孫と一緒に、15年ぶりに南線に乗った。「赤字ならしかたないが、さみしい」
列車は終点の加津佐駅(南島原市)で折り返し。ホームは、カメラを構える人や記念グッズを買い求める人であふれた。
東京都からかけつけた男性(31)は「有明海と雲仙の景色が楽しめる素晴らしい列車だった。旧国鉄カラーの車両は全国にも数えるほどしか残っていない。ファンにとってはたまらない路線だった」と廃線を惜しんだ。
31日夜には、島原駅と加津佐駅でそれぞれの最終列車に合わせてセレモニーが予定されている。
◆乗客減が壁力尽きる
1928(昭和3)年に開通した島原湊(現南島原)―加津佐間の口之津鉄道時代から80年。雲仙・普賢岳噴火災害など多くの存亡の危機を乗り越えてきた南線も、乗客減という最大の障害の前についに力尽きた。
「南線の年間1億円を超える赤字が経営を危うくしてきた。残りの北線(諫早―島原外港間)を残すための苦渋の決断」と塩塚吉朗社長(67)。「南線の苦境を沿線の旧8町(現南島原市)に訴え続けてきたが、反応はほとんどなかった」と不満ものぞかせる。
存続を求めて昨年10月に発足した市民団体「島原半島を未来につなぐ会」の泉川欣一代表世話人(68)は「残念な結果になったが、鉄道の重要性を住民が理解したことは大きな成果。この気持ちを北線存続に生かしてほしい」と注文する。
鉄道跡地の今後については、敷地の大部分を占める南島原市も島鉄側も白紙の状態。松島世佳市長(62)は「買い取るかどうかも含め、議会や市民の声を聞いて慎重に判断したい」とする立場だ。
島原市鎌田地区の「われん川」にかかる南線の安新大橋鉄橋(97年完成)は、雲仙・普賢岳噴火災害からの復興のシンボルだった。分断した南線復旧に投じられた公的資金は約30億円。今後は、こうした観光資源をさび付かせず、どう生かすかも大きな課題として残る。(中山尭)