◇原城の価値、伝えたい--松本慎二さん(45)=島原市城内
始まりは、小中学生対象の発掘体験を企画したことだった。
南島原市南有馬町にある「原城跡」。島原の乱(1637年)で一揆軍が立てこもり、12万の幕府軍と壮絶な争いを繰り広げた舞台だが、草原が広がるだけの小高い丘に当時の面影はない。92年から旧・南有馬町職員として発掘調査を手がけていたが「誰も埋蔵文化財的な価値があるとは考えていなかった」。しかし93年秋、一人の中学生が人の奥歯を発掘した。
その後、十字架やイエス・キリストが描かれたメダル、多数の人骨など“常識”を覆す遺物が次々に出土。「一揆軍は最後まで信仰を捨てず戦い抜いた」「城や石垣は破壊され一揆軍を埋めるのに使われた」など、島原の乱のイメージを具体化させる貴重な資料となった。
島原市出身。中学2年のとき、郷土史クラブで聞いた遣唐使の裏話が面白く、歴史に興味を持った。大学の史学科に進んで学芸員の資格を取得し、埋蔵文化財の発掘の道へと進んでいった。
長崎の教会群とキリスト教関連遺産の世界遺産登録に向けて機運が高まる中、原城跡、日野江城跡(北有馬町)、吉利支丹墓碑(西有家町)の三つの関連遺産を擁する南島原市も4月に「世界遺産登録推進室」を設置。経験と専門知識から初代室長に抜てきされた。
「世界遺産という言葉が独り歩きしている。まずは南島原市の歴史的価値が世界に通用するレベルであることを多くの市民に知ってもらいたい」
海外の大聖堂と比べると長崎の教会群は建造物としての規模が小さく歴史的にも新しい。むしろ、原城などが持つ歴史的意義を評価する声が高い。しかし、ただの小高い丘が「世界遺産候補である」ことも実感しにくい。
「その点を訪れた人にどうやって伝えるかが課題。市民の側からアイデアを出してもらう方がよいと思う。世界遺産になれば市民の誇りになるし、市にとっても明るい話題なので、責任は重大です」【山崎太郎】
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