有明海を望む高台にある南島原市南有馬町の国指定史跡「原城跡」。普段は静かな畑が広がる城跡に巨大な城が出現した。島原の乱(1637‐1638)の犠牲者を悼み、11日に開かれる「原城一揆まつり」のシンボル「夢一夜城」だ。
城は、高さ15メートル、幅16メートルのベニヤ製。地元市民団体「歓皆(かんな)の会」が1996年から毎年“築城”し、原城が落城した12日ごろの土曜日に「まつり」を開いている。
準備作業には約20人が参加。会員自ら足場の鉄骨を組み、クレーンを使いながら、番号が振られた150枚のパネルを、設計図通りに手際良く張り合わせていった。
「パネルの隅をよく見てください。色を塗った会員の名前が書かれているんですよ」と会員の白倉為清さん(56)が教えてくれた。白倉さんはこの日、勤め先を休んで参加。「郷土の誇りだもの。何をおいても駆けつけなきゃ」と笑顔を見せた。
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最大の激戦地となった原城跡では、島原半島一円から集まった一揆軍約3万7000人が死亡。女性や子ども、高齢者も数多く含まれていたという。攻撃した幕府軍も1万人近い犠牲者を出した。
「まつり」では約4万本のキャンドルを城周辺に並べ、当時の衣装に身を包んだ地元住民によって追悼行列が行われる。
「この地に住む者は、かつての悲惨な出来事と、血のにじむ努力で復興に取り組んだ先人のことを伝えていかなければなりません。まつりは町民の心のよりどころなんですよ」と、会長の中村議市さん(55)は語る。
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原城跡は現在も発掘調査が行われており、数多くの遺物が出土している。近くの原城文化センターには、鉛玉で作られた十字架やガラス製のロザリオの玉などが数多く展示されている。
中でも目を引くのが、本丸正門付近から出土した人骨の模型だ。悲惨な乱を生々しく伝える姿に思わず胸が詰まった。
■メモ
原城跡 諫早インターチェンジから車で約1時間10分。「原城一揆まつり」は11日正午のもちまきで開幕。午後1時半から南有馬中生徒が追悼劇を上演、午後7時から追悼行列が行われる(雨天中止)。まつり事務局=050(3381)5079。
=2009/04/10付 西日本新聞朝刊=