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43人の死者・行方不明者を出した1991年6月の雲仙・普賢岳の大火砕流から18年を迎える3日、横田修一郎市長が島原市に不在であることがわかった。東京で開かれる全国市長会議に出席するためで、同市によると、この日に市長が不在なのは初めて。市長就任後の初の「いのりの日」だけに、市民の一部からは「市内で追悼してほしい」との声が上がる一方、横田市長は「景気対策などについて、(他の市長らと)意見を交わすべきと判断した」としている。
同市は、この日、追悼式典は開かないが、仁田町の「噴火災害犠牲者追悼之碑」に献花所を設ける予定。
横田市長は1日に上京。市長会の委員会への出席や特産品PRを行い、3日の全国市長会議に出席、4日夜に帰郷する。横田市長は「初の市長会議であり、景気対策などについても様々な意見を聞きたかった。ジオパーク認定の件を含め、各省庁を回りたい」としている。5月31日に被災した安中地区の町内会や消防団関係者らに不在の旨を伝え、追悼之碑などに献花したという。
一方、大火砕流で知人を亡くした70代の男性は「この日に市長がいないのは寂しい。市長会事務局が会議日程を3日から外すなど配慮してくれればいいのに」と話していた。
大火砕流時の島原市長、鐘ヶ江管一さん(78)は「市政を担う者として、会議への出席はやむを得ない。私たちが犠牲者を追悼したい」と話している。
(2009年6月2日 読売新聞)
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