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あの日の教訓伝えて 普賢岳大火砕流から18年
2009.6.4(木) 西日本新聞

普賢岳大火砕流から18年を迎えた島原市では3日、災害の記憶と教訓を伝える「いのりの日」として市内各地で追悼の催しが開かれた。市役所など公的施設には終日、半旗が掲げられ、多くの市民が辛酸に満ちた当時を振り返った。市内の小中学校では集会が開かれ、災害を知らない子どもたちも、あらためて噴火の恐ろしさを学ぶとともに、今後も火山と共生することを誓った。

■消防団員の魂

 平成町の消防殉職者慰霊碑前には、亡くなった消防団員12人の冥福を祈るため、遺族や現役団員たちが次々と訪れた。

 島原市消防団の団員は652人。定数690人に対する充足率は94.4%で、県平均の91.4%を上回る。会社勤めの人が多く、平均年齢も32歳と若いことが特徴だ。

 12人の犠牲者を出した安中地区には3分団あり、総定員60人を守っていることが誇りだ。副分団長の園田裕和さん(43)も会社員で、火砕流発生後に27歳で入団した。「あれだけの災害を見て怖いという気持ちもあったが、やっぱり自分たちの地域は自分たちで守らないとと思った」。慰霊碑を見上げ「先輩に負けないよう、今度は自分たちが頑張らなければ」と力を込めた。

■体験者の語り

 同市城内の第1中(城田忠信校長)では、生徒や保護者たち約500人が参加して追悼集会が開かれ、大火砕流当時、市職員として被災者支援に奔走した杉本伸一さん(59)が講演した。

 大きな被害を受けた安中地区の公民館に勤務していた杉本さんは、知り合いの消防団員が犠牲となったことや、同中体育館にも最大250人が避難したことなどを紹介し、緑豊かな古里が火山灰で「灰色の町」に一変した様子も写真などを使って説明した。

 「犠牲者の死を無駄にしないためにも災害を語り継ぎ、皆さんも何ができるかを考えてほしい」。杉本さんはそう強調するとともに、島原半島の「世界ジオパーク」認定を推進する立場から「火山は災害だけでなく温泉やわき水などの恵みももたらす。多くの人に『火山とともに生きている』という自覚を持ってもらうためにも、認定を実現したい」と語った。

■生命の大切さ

 最も被害を受けた安中地区にある第3中(本田茂幸校長)では、追悼の会を前に地震を想定した避難訓練を実施。生徒たちは、指示通りに整然と体育館まで避難した。

 会では生徒会長の3年吉田祐成さん(14)が「全国からの支援を受け、私たちの地域は立ち直ったことを忘れずにいましょう」とあいさつした。午後4時8分に全員で黙とうした後、13人の生徒が壇上に立ち「生きていることは素晴らしい。自分の命も大切に、ほかの人の命も大切にしてほしい」と誓いの言葉を読み上げた。

=2009/06/04付 西日本新聞朝刊=




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