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犠牲者悼み 祈り 普賢岳大火砕流から18年
2009.6.4(木) 読売新聞

 43人が犠牲になった雲仙・普賢岳大火砕流から3日で18年。この日を「いのりの日」としている島原市では、遺族や市民らによる追悼行事や小中学校での集会が行われ、終日、静かな祈りに包まれた。

 ■次々に献花

 島原市仁田町の噴火災害犠牲者追悼之碑前に設けられた献花所。知人の消防団員が犠牲になり、自宅を火砕流で失った永田龍虎さん(78)(島原市仁田町)は花を供え、「あの時のことは思い出したくない。今日はただ、犠牲者の冥福を祈りました」と話した。

 同市平成町の消防殉職者慰霊碑では、亡くなった消防団員が所属していた安中地区の消防団が献花所を設置し、団員や喪服姿の遺族らが次々に献花。

 今年3月で、当時活動していた団員がいなくなったが、消防団の園田裕和副団長(43)は「古里を守るために亡くなった先輩たちの強い意志を受け継いでいきたい」と決意を新たにしていた。

 消防団員の詰め所だった農業研修所跡(同市北上木場町)には、遺族や地元住民らが慰霊の鐘をつるした半鐘台の横に、花や缶ビール、たばこを供えた。発生時の島原市長、鐘ヶ江管一さん(78)は「月日がたつのは本当に早い。何年たっても火砕流のことを思い出します」と話した。

 ■災害を考える集会も

 島原市立第4小(永石一成校長、187人)の体育館では全校児童による「いのりの日集会」が開かれ、児童たちは火砕流の怖さを学んだ。

 総合学習で噴火災害を学ぶ4年生33人が、「溶岩ドーム」「土石流」「きずな」などと、災害にまつわるキーワードを書き出した紙を掲げ、「火砕流は一瞬のうちにすべてを奪い、多くの人を苦しめたが、助け合ったからこそ乗り越えられた」と復興までの様子を説明。「命を大切にします」と声を合わせ、被害を語り継ぐことを誓い、黙とうした。

2009年6月4日  読売新聞)



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