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雲仙普賢岳噴火:大火砕流から18年(その1) 被災地包む、鎮魂の祈り
2009.6.4(木) 毎日新聞

 ◇犠牲者に遺族ら献花

 あの日と同じように雨が降り、島原市にまた「いのりの日」が巡ってきた--。雲仙・普賢岳で発生した大火砕流の惨事から、3日で18年を迎えた。島原市や、地元消防団が設置した献花所では、遺族や市民が次々に白菊を供え、犠牲者を慰霊した。大火砕流発生と同じ時刻の午後4時8分にはサイレンが市全域に鳴り響き、職場や、路上などで市民らは一斉に黙とう。小中学校では被災体験者の話を聞く集会が開かれ、大火砕流後に生まれた児童・生徒たちが、犠牲者に思いをはせた。

【古賀亮至、下原知広、蒲原明佳】

 18年前、被災した消防団員が詰め所として使っていた「北上木場農業研修所」跡には、火砕流発生の時刻に合わせて、遺族や関係者が集まった。

 サイレンが鳴ると、消防団員として犠牲になった岩崎丈平さん(当時36歳)の弟治男さん(50)=北九州市八幡西区、自営業=が慰霊の鐘を打ち鳴らした。治男さんは「火砕流で、家が燃えている光景を思い出した。兄に、復興したまちの風景を見てほっとしてもらいたい」と話した。

 雲が垂れ込める普賢岳を正面に、黙とうした遺族は、それぞれがこの18年間を振り返った。

 「年数はたっているけど、ずっと気持ちは変わらない」。消防団本部副団長だった谷口武さん(当時41歳)を火砕流で失った妻智加恵さん(56)=島原市大下町、病院職員=は、3人の子供を育ててきたこの年月を思い、涙を流した。「反省やいろいろな思いがある。でも夫が見守っていたからここまで頑張ってこれました」

 やはり消防団員として亡くなった大町安男さん(当時37歳)の次男亮介さん(24)=諫早市栄田町、会社員=は「正義感が強かった父は目標の人。最近、父に似てきたと言われる。これまで育ててくれた母に恩返ししたい」と心を新たにしていた。

 ■仁田団地

 仁田団地第一公園の「雲仙普賢岳噴火災害犠牲者追悼之碑」前では、島原市が設置した献花所に、市民や遺族が訪れ慰霊の花を手向けた。

 全国市長会議出席のため不在の横田修一郎市長に代わり、夫人の博美さん(59)が献花した。谷口英夫・副市長は「二度とこういう惨事が起きないよう、安心・安全なまちづくりを進める。溶岩ドームはまだ残っているので、崩落に対し万全な対策を取っていかなければならない」と話した。

〔長崎版〕




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