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長崎発!:普賢岳で
2009.6.8(月) 毎日新聞

 3日、島原へ行った。
 43人が犠牲になった雲仙・普賢岳の大火砕流から18年。犠牲者の中に写真部員の石津勉さん(当時33歳)ら毎日新聞社の3人がいた。大火砕流発生時刻の午後4時8分、北上木場農業研修所跡地で黙とうした。
 慰霊に先立って、雲仙岳災害記念館を訪ねた。ここには被災した報道陣が使用した望遠レンズなどの機材が展示されている。このうちニコンの400ミリレンズは石津さんが使っていたものだ。
 「6・3」の直後、私たちは石津さんらがなぜ被災したのかを調べるとともに、石津さんのカメラ機材を捜した。カメラが見つかれば、石津さんが最期に見たものを確認できるかもしれなかった。
 石津さんの遺体を収容した自衛隊は「カメラは遺体のそばにあった。遺体とともに担架に載せた」と言った。しかし、検視した警察は「カメラには気付かなかった」と話した。結局、機材の行方はわからないままだった。
 だから05年6月、被災した報道陣のカメラ機材が出てきたと聞いた時は驚いた。被災から14年。島原市役所に匿名の電話があり、南上木場町の農機具小屋で発見されたという。
 発見の一報を聞いた時、写真部にいた私はレンズの製造番号と会社にあった控えを照合。一致を確認した時は複雑な思いがした。あれほど捜して見つからなかったものが、なぜ今ごろ突然出てきたのだろう--。
 大火砕流では多くの消防団の人たちも犠牲になった。住民が避難し、無人になった家に東京のテレビ局の取材クルーが勝手に上がり込み、無人カメラのための電源を無断使用した。このため消防団の人たちは警戒を余儀なくされ、被災した。
 忘れまい。そして、まだ見つかっていない石津さんのカメラ本体がいつか出てきてほしい。そう思いながら、島原を後にした。<長崎支局長・前田岳郁(たけふみ)>
〔長崎版〕

6月8日朝刊



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