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消防団員や火山学者、報道関係者ら43人が死亡・行方不明となった1991年の長崎県雲仙・普賢岳大火砕流から丸19年を迎えた3日、被災した同県島原市内の各所で追悼行事が営まれた。市民らは犠牲者を鎮魂し、悲劇の教訓を後世に伝えることを誓った。
被災者が集団移転した同市仁田団地の犠牲者追悼之碑前では午前8時半、横田修一郎市長が献花した。市長となって初めて「6・3」の追悼行事に参列した横田市長は「惨事が二度と起こらないよう伝えることが私たちの使命。記憶を風化させないため、教育にも力を入れたい」と述べた。
12人の消防団員を追悼する同市平成町の消防殉職者慰霊碑前では、地元消防団が献花所を設け、団員が訪れる人たちに菊の花を手渡した。本田庄一郎同市消防団長(50)は「いつまでも悲しみを背負うだけでなく、犠牲になった団員のためにも未来を考える区切りの日にしたい」と話した。
普賢岳は90年11月に198年ぶりに噴火。96年の噴火終息までに44人が火砕流の犠牲となった。
=2010/06/03付 西日本新聞夕刊=
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